2020年7月15日号
済生会京都府病院 消化器内科
大野 智之
この原稿を書いている6月初旬はちょうど新型コロナウイルス感染自体は抑制されつつあり,非常事態宣言が解除され少しずつ日常生活が戻ってきている状況です。まずは今回の感染症に際し最前線で頑張っておられる関係者の皆様に感謝したく思います。
さて35 年前になりますが私は高校3 年生の文化祭でインカ帝国の滅亡についての演劇である「ピサロ(The Royal Hunt of the Sun:Peter Shaffer 脚本)」という演目を同級生たちと演じたことを思いだしました。インカ帝国の盛衰の概略はご存知の方も多いと思いますが,以下のとおりです。
12 世紀ころから現在のペルーあたりを中心に勢力を誇っていたインカ帝国は1526 年にスペインの探検家であるフランシスコ・ピサロが到達。帝国の財宝, 土地略奪を目的に1529 年に2度目の遠征を行います。そして1532 年にインカ国皇帝ワタアルパ(自らを太陽の子と信じ,また帝国を支える太陽教の申し子と奉られていた)を捕らえ,翌年処刑します。その後スペイン人勢力の様々な襲撃, 計略などにより1572 年に帝国は倒れるのですが,その背景にヨーロッパから持ち込まれた各種感染症(チフス,インフルエンザ,天然痘など)によりインカ人の人口が激減したことも崩壊の大きな原因の一つとされています。異文化との接触で社会が混乱し,当時当然未知であった感染源により多くが倒れてゆく姿を目の当たりにした当時の人々の恐怖心は容易に想像できます。
現在それより500 年近く経過していますが,マスク不足で多くの人々が慌てる姿,各国首脳が“コントロールしつつある”と言いつつ今後の再ブレイクに怯える姿,情報統制をしているだろうという報道など見ていると,今回の新型コロナの世界的大流行により引き起こされる様々な出来事,人々に植え付ける恐怖や不安,情報はきちんと伝わらない様などは国内・海外問わず過去とあまり変わらないのかなと思ってしまいます。
科学技術が進み,ウイルスの特徴や感染経路,感染予防対策などがこれだけ明らかに,多くの人々に情報が提供されることが可能な現代においても,ワクチンなどの治療法がいつ確立するか?世の中の景気は本当に元に戻るのか?世界情勢が落ち着いた方向に向かうのか?など不透明なことが沢山あります。
私は普段病院で消化器内視鏡を専門に従事していますが,内視鏡件数が激減しました。また着慣れない防護服とN95 マスクを着てPCR 検体検査(ドライブスルー)出番を経験しますと,早く落ち着いた日常に戻ることを祈るばかりです。
どうして私が前述のような演劇のことを今回思い出したかというと,実はこの演目は35 年ぶりに東京で上演される予定でした(高校生の時は山崎努(ピサロ) 氏,渡辺謙(ワタアルパ)氏出演でしたが,私は残念ながら講演見れず。今回は渡辺謙(ピサロ)氏,宮沢氷魚(ワタアルパ)氏出演)。高校時代よくウロウロしていた渋谷のPARCO 劇場での再演でありちょうど内科学会総会(4月中旬) と日程もぴったり,これはリベンジとして見に行くしかないと目論んだのですが,,,。まさかのコロナウイルスによる上演中止,内科学会も中止となってしまいました。学会はともかくウイルスによる上演中止については何か因縁めいたものを感じます。そしてクラスターに巻き込まれる可能性のある行動を計画していた自分自身に反省です。但し学会での少しの息抜きも捨て難いのですが,Web 講演などで学会が運営される様をみると今後「学会出張」なるものも縮小となるかもしれません。
内視鏡検査は不要不急ではないのか? と悩み,余った時間での今回の原稿作成は果たして“仕事なのか?”と思いながら呟いてみました。お付き合いいただきありがとうございました。
非常事態宣言中,ある土曜夕方の新幹線ホーム。このような光景を観光都市京都で今後見ることがないよう祈るばかりです。
病院名 済生会京都府病院
住 所 京都府長岡京市今里南平尾8番地
電話番号 075-955-0111(代)
ホームページ https://www.kyoto.saiseikai.or.jp/