2022年2月15日号
中京西部医師会 蝶勢 弘行
「先生,胸痛の患者さんです!心電図のオーダーください!」M看護師が診察室に飛び込んできた。当院総合内科,午前9時すぎの出来事である。「ええ? そうなん?」私は虚をつかれた羊のようにオーダーを入れる。そして通常の外来業務にもどる。始まったばかりの外来は,かなり混雑している。しばらくしてM看護師が「先生!AMI(急性心筋梗塞)です!」とまた飛び込んできた。心電図をみると,確かにⅡ,Ⅲ,aVFでSTが上がっている。そのとき,私の脳裏に苦い過去が蘇ってきた。
ウォークインのAMIが発生すると,外来は修羅場になる。一診が完全に閉鎖となるため,通常の患者さんをさばけなくなる。待合にただよう疲労と焦燥。予期せぬ待ち時間延長に,こみ上げる怒り。そうした情動を抑えようと懸命になる看護師。もちろん通常の患者さんをさばく医師はカルテが山積みとなり,先が見えない勝負となる。
一瞬迷ったが,私はAMIセットを敢行した。これは数クリックで,採血,点滴,O2投与,ニトログリセリン舌下,心電図モニター開始,パルスオキシメーター装着,アスピリン300mg投与を可能にする「神セット」である。この処置でAMIの患者さんは,来院時の「丸腰」ではなくなる。この患者さんはニトログリセリン舌下を二度しても,胸部症状がゼロにはならなかった。そして,採血ではトロポニンIが500台,CPK正常を確認。通常の外来業務もそこそこのペースでさばき,落ち着いてきたところでA病院へ転送した。M看護師が搬送に同乗してくれた。
そのST上昇型心筋梗塞(STEMI)の患者さんはA病院でステント留置とバイパス術を受けて,現在はB病院でご夫婦で通院されています。でもこれはあくまでも,結果オーライ。「door-to-balloon時間」という基本的な概念を照らし合わせれば,すぐに搬送でもよかったはず。私のように「二兎を追う」やり方は,今になってみるとリスクが高かったかもしれない。AMIの患者さんも,外来待合の患者さんもハッピーになれたのですが,あまりにもロマンティックなやり方だったか。二年前の症例ですが,いまだに引っかかります。
現場の医師は直面する状況において,柔軟に対処する責務がある。正解の見えない中で,何かしら決断を迫られる。例えばコロナ禍の現在なら,発熱外来があり得るので,対応できる医師の数はさらに減る。現場は厳しい。「そのとき」にピタリとした答えを,悩みながら,時間に追われながら,何かしら出さなければならない。各々の医師は「そのとき」の答えに,それ相応の責任を持たされるし,常に正解を出せるとは限らない。
ときに「失敗した」と思うこともあるかもしれない。でも,意を尽くした判断だったならば,必要以上に落ち込むことはない。ロジカルにニュートラルに反省して,次の「そのとき」に備えたい。答えはいつも風の中にある。“The answer is blowin’ in the wind.”(Bob Dylan) たいてい,真実なんてものは「風に吹かれて」明確な形を持たない。でも,我々の指のほんの少し先にある「答え」を求め続ける努力は,惜しんではいけないと思う次第です。