京都医学史研究会 医学史コーナー 醫の歴史 ― 医師と医学 その34 ―

○近代明治期の医療(4)
 野口英世 その1
1.日本武尊(やまとたけるのみこと) 2.聖徳太子 3.伊藤博文 4.夏目漱石 5.野口英世 これら名高い人物の共通点を御存知であろうか。
 彼らはいずれも千円札に描かれた人物である。発行年ごとに羅列すると
1日本武尊(72〜114(?)):昭和17(1942)年 景行天皇の皇子、ヤマトタケルノミコト
2聖徳太子(574〜622):昭和25(1950)年 十七条の憲法・冠位十二階制定
3伊藤博文(1841〜1909):昭和38(1963)年 明治の元勲・公爵
4夏目漱石(1867〜1916):昭和59(1984)年 近代日本文学の文豪
5野口英世(1876〜1928):平成16(2004)年 黄熱病・梅毒の研究者
 となっている。近年では約20年ごとに新紙幣が発行され、来たる2024年には野口英世と同様、医学者の北里柴三郎(1853〜1931)の千円券が発行される予定という。
 英世は紙幣だけではなく、切手にも登場する。昭和24(1949)年11月3日、文化人切手発行第1号に選ばれている。図柄は渋い苔色(こけいろ)で英世が描かれ、右側に「野口英世」と記され、右下に「800」(8円(筆者註))と太く印字している。この文化人切手から59年後、平成20(2008)年5月に再び英世は登板する、80円切手2枚1組で「第1回野口英世アフリカ賞記念」と銘打ち、片や英世の蝶ネクタイの上半身、片や全面にアフリカ大陸と左下半分に顕微鏡が配されているものであった。
 その5年後、平成25(2013)年にも「第2回野口英世アフリカ賞」の切手が発行された。これも2枚1組で1枚は英世の背広姿上半身と愛用の地球儀、あとの1枚は白衣姿の英世と顕微鏡に加えて下辺に福島県花のネモトシャクナゲが彩(いろど)りを添えて凝(こ)った図柄になっている。
 このように折りにふれ、英世の肖像切手は発行されてきた。多分、6年後の2028年には英世没後百年記念切手が生まれるのではないだろうか。
 端(はな)から紙幣と切手の図柄の話になってしまったが、今回の人物は野口英世である。
 英世は明治9(1876)年11月9日、福島県耶麻(やま)郡猪苗代(いなわしろ)町三ツ和三城潟(みつわさんじょうがた)に生まれた。
 父佐代助は入り婿で大酒飲み、母シカは勝ち気で生まれついての超しっかり者、二人で力を合わせて幸せな家庭を築くなどとはおよそかけ離れた幸薄い環境で育っている。ぬくもりのある暮らしを体験してこなかった夫婦である。佐代助は持ち金をはたいて酒と博打に現(うつつ)を抜かし、シカは幼い時分(じぶん)から一家を背負う宿命にあった。5歳で子守奉公に出て、以後は祖母・母を支え養い、英世が世に出るまで地を這(は)いずる苦難の連続であった。佐代助と所帯をもって娘イヌが生まれ、その2年後シカ23歳で英世を出産し溺愛(できあい)する。英世は終生、母を下にも置かず孝養の限りを尽くして母の愛に報いた。
 ところで、私の小学校時代は4年生で「野口英世」が教科書に取り上げられた。母シカが家の出口で野良仕事をして目を離した隙(すき)に英世が囲炉裏(いろり)に転がり落ちて身体中、大ヤケドを負う場面は子供ながらに熱さを感じ恐怖を覚えた。教科書の野口英世は非の打ち所がない偉人として描かれる。不自由になった左手をものともせず、すば抜けた頭脳と不屈の闘志で狭い日本を離れ、明治33(1900)年12月新天地を求めて世界に飛び立つのである、英世24歳。

―つづく―
(京都医学史研究会 葉山 美知子)

2022年3月15日号TOP