自分が脳梗塞になって

勤務医通信

洛和会音羽病院 脳神経内科
木下 智晴

 冒頭から私事で恐縮ですが,1年ほど前に私は脳梗塞を患いました。44歳のときです。左椎骨動脈解離からの左後下小脳動脈灌流域の脳梗塞でした。今も右脚の温痛覚に障害があり常時ビリビリと痺れております。まだまだ未熟ではあるもののある程度は医師を続けていてしかも皮肉なことに一応は日本脳卒中学会専門医の私ですが,実際に自分が脳梗塞になってみていろいろと勉強になりました。
 医学的なことでいえば温痛覚鈍麻(ほぼ脱失です)では全く運動障害が起きないこととか,MRIでは症状の原因となる梗塞巣のすべてを必ずしも同定できないこと(この場合は症状の方を信用します)とかです。いずれも理屈としては分かっていましたが実際に経験してみてようやく納得のいくものです。それから,客観的でいるつもりでもやはり少しは心気的になっていたように思います。心配をしても結果は何一つ変わらないのに,本格的なワレンベルク症候群にはなりたくないなぁと病院のベッドでひとり心配してみたり。何事も常に論理的に考えることが良い結果に結びつくはずだと考えている私でもこれで少しは患者にやさしくなれたかもしれません。
 そしてこれが勤務医通信であることでいえば,勤務医はどうしても休まなければならないときは休める(休めた)ということです。ひとりで診療所を開設しているいわゆる開業医の先生方であれば休むのはもっと大変だろうと思います。休めば患者が不利益を被るというのもありますし現実の問題として経営の心配も必要なのだろうと思います。勤務医は必ずしも本人の望んでいない長時間労働を強いられ休みもとれないと言われることもありますが,それでも開業医よりは代役を立てられる可能性は高いのでしょう。自分は勤務医で良かったと思い,逆に開業医の先生方もいろいろと大変だろうなと改めて思った次第です。
 誰でも病気や怪我はしたくないものでしょうが本当にいろいろと勉強になる経験でした。
 ここから先の話は蛇足ですがさらに考えを巡らせれば,診療所の先生方を含めて誰でも急に仕事を休まなくてはならないときはあるはずで,そういった不測の事態が生じたときの担保が十分とは言えないように思います。誰かが代わりを務めるとしても専門外で責任が持てないとか,現実問題としてリスクが大きい一方で経済的なメリットがないとか,あるいは頼む方も患者の流出を招くとかいった問題はあるかもしれませんが,事が起きた時にすぐさま不利益を被るのは患者です。主治医が突然職務を遂行できなくなったとき即座にそれをカバーする仕組みがあるのが理想であることに異論の余地はないでしょう。もちろん私には具体的な手段を提言できるほどの経験や知識や責任もなくただ何となく考えを巡らせているだけにすぎません。粛々と日常の診療に勤しむ末端のいち医師ではありますがこの国の医療が少しでも良くなるよう願っています。

Information
病院名 洛和会音羽病院
住 所 京都市山科区音羽珍事町2
電話番号 075-593-4111
ホームページ http://www.rakuwa.or.jp/otowa/

2023年4月15日号TOP