第154回 日医定例代議員会

「物価高騰や賃金上昇には,診療報酬で対応を!」

松本日医会長

 令和5年6月25日(日),日医定例代議員会が開催され,4名の増員にともなう常任理事の選任・選定について,坂本泰三氏(兵庫),佐原博之氏(石川),濵口欣也氏(福岡),笹本洋一氏(北海道)の就任が賛成多数で承認された。松本日医会長は,それぞれに地区の分担を決め,入会促進や医政活動を通じて組織強化を担ってもらう方針を示した。

松本日医会長「所信表明」

1.組織強化「新たな会員情報システムを構築」

松本 日医会長

 日医をはじめ,全国の医師会業務の DX 化の必要性を感じており,新たな会員情報システム構築の検討を開始した。ウェブ上で入退会などの諸手続きを行うことができるシステムを来年度中に提供できるよう準備を進めている。

2.かかりつけ医機能が発揮されるよう着実に推進

 「骨太の方針2023」には「かかりつけ医機能が発揮される制度整備の実効性を伴う着実な推進」が明記された。制度整備については5月19日に公布された「全世代社会保障法」をもって一定の整理がなされたものと理解しているが,日医は国民のためにかかりつけ医機能がさらに発揮されるよう着実に推進していく。

3.令和6年度トリプル改定「社会保障費の前向きな議論に期待」

 財務省財政制度等審議会は5月29日に「春の建議」を公表した。例年通り医療等に関する様々な主張が展開され,その中にはコロナ補助金などにより,病院の純資産が増加しているとの主張もあった。しかし病院団体の調査によると,令和4年度の医療機関の経常利益は,コロナ・物価高騰関連補助金を除くと,72.2%が赤字になり,補助金を含めても51.6%が赤字になるとされている。コロナ補助金は,あくまでも不眠不休で未知のウイルスに立ち向かった医療従事者への一時的な支援である。昨今の物価高騰や賃上げについては,一時的なものではなく,恒常的に対応する必要があることから,診療報酬で対応すべきである。
 「骨太の方針2023」では,トリプル改定について「物価高騰・賃金上昇,経営の状況,支え手が減少する中での人材確保の必要性,患者・利用者負担・保険料負担への影響を踏まえ,患者・利用者が必要なサービスが受けられるよう必要な対応を行う」とされた。原案にあった「抑制の必要性」が「影響」に修正されたほか,「患者・利用者が必要なサービスが受けられるよう」という文言が新たに追加された。代議員の先生方の地域での活発な働きかけが実を結んだものと理解している。これから年末に向けて,令和6年度トリプル改定の議論が本格化するが,物価高騰・賃金上昇に対応した社会保障関係費について,年末の予算編成過程で前向きな議論になるものと受け止めている。「物価高騰・賃金上昇,経営の状況,支え手が減少する中での人材確保の必要性」に基づいた改定が実現するよう,引続き日医は政府に働きかけていく。

4.少子化・こども政策の財源「社会保障財源とは別に確保を」

 こども・子育て,少子化対策は大変重要な政策ではあるが,病や障害に苦しむ方々のための財源を切り崩してはならない。社会保障の財源をしっかりと確保することが不可欠で,少子化対策・こども政策の財源は,社会保障財源とは別に確保することが必要である。

5.医師の働き方改革「医療機関,勤務医を支援していく」

 令和6年4月から始まる医師の働き方改革では「医師の健康確保」「地域医療の継続性」「医療・医学の質の維持・向上」の3つの重要な課題に,しっかりと取組むことが重要である。日医は,厚労省から指定を受けた「医療機関勤務環境評価センター」の業務を中心に,医療機関,勤務医の先生方を支援していく。

6.健康保険証の廃止「国は丁寧に周知・広報を。誰一人取り残さない」

 健康保険証を廃止する場合,国民の理解を深めるために,国として丁寧に周知・広報することが重要である。国民皆保険の下で健康保険に加入し,保険料を納付しているすべての国民・患者が必要な時に適切な自己負担額で医療を受けられる環境を整備し,誰一人取り残さないようにすることは,医療 DX の大前提である。マイナンバーカードを取得していない国民が保険診療を受けられない状況や,医療現場に混乱を招くことがないようにしなければならない。国民・患者や医療機関に安心して利用していただくためには,信頼性を高めることが最も重要である。
 加えて,何か問題や疑問が生じた際に,国民・患者,医療機関が報告・相談する窓口の拡充とその周知・広報,相談に対する懇切丁寧な対応も併せて強く要望する。

7.医薬品の安定供給「国の関与が不可欠」

 経済安全保障推進法では抗菌性物質製剤が特定重要物資とされているが,他業種に比べて予算規模も小さく,対策は十分とは言えない。「ドラッグ・ロス」が発生しており,「ドラッグ・ラグ」より事態は深刻である。特に日本法人や国内管理人を持たない新興バイオ医薬品企業は,有効性・安全性を証明する重要な試験に日本を組み入れず,日本に新薬が入ってこないのが現状である。
 医薬品品質問題として,後発医薬品を巡っては,企業の相次ぐ GMP 違反にともなって供給不安が続いており,一連の問題の背景はかなり深刻である。医薬品の安定供給は,世界情勢や地政学的見地から製薬企業のみに委ねることは難しく,国による産業への関与は必要不可欠である。安定供給問題は後発品企業だけでなく,先発品企業も含めた業界全体の問題であり,国の強いリーダーシップによって,医薬品の産業構造をより強固なものにしなければならないと考えている。

8.保険給付範囲の縮小を懸念「必要かつ適切な医療は保険診療で」

 今回のコロナ禍を通じて,多くの国民は医療へのアクセスの重要性を痛感した。財政審の「春の建議」は医療における多くの問題をはらんでおり,今後,現場の医療を脅かすことが懸念される。財政上の理由から保険給付範囲を縮小していけば,たとえすべての国民が公的医療保険に加入しているとしても,国民が必要とする医療を給付できなくなる。所得などによって必要な医療を利用できる患者と利用できない患者の分断を生み出してはならない。国民生活を支える基盤として「必要かつ適切な医療は保険診療により確保する」という国民皆保険制度の理念を今後とも堅持していくことが求められる。日医は国民の生命と健康を守るためにも,政府の審議会等で,現場の声を踏まえた意見をしっかりと述べていく。

代表質問(主な代表質問に対する回答を記載)

トリプル改定など/長島日医常任理事

◇必要かつ十分な改定財源の確保に努力
 長島日医常任理事は「物価高騰や,医療従事者の処遇改善に対応するには,初・再診料や入院基本料等の引上げが最も分かりやすい方法であるが,1日あたりの患者数は外来で約580万人,入院で約120万人に上り,基本診療料の引上げは非常に大きな財政影響がある」と説明。このような中で「これまで基本診療料や入院料の加算による評価や,基礎的な技術料の評価等を通じて,医療機関全体としての収支が改善するよう努力してきた」とし,引続き診療報酬・介護報酬上の対応を強く求めるとともに,医療費全体を引上げるよう,必要かつ十分な改定財源を確保するために努力していくと強調した。
 また集団的個別指導については,高点数医療機関が選定されることに対して批判的な意見があることを認識しているものの,これに替わる適当な基準を設けることが困難である点を示唆。「高点数=悪」という誤解を与える説明や,萎縮診療につながる指導は行わないよう,継続的に厚労省に申し入れていることを説明するとともに,高点数でも問題のない医療機関を個別指導の対象から除外する方策について,これまでから当局と相談してきたことを報告し,理解を求めた。

かかりつけ医/城守日医常任理事

◇かかりつけ医機能の制度設計,認定制や登録制にしない

城守 日医常任理事

 城守日医常任理事は,かかりつけ医機能の整備に向けて,1人の医師が24時間365日対応することは困難であり,各地域に面としてのかかりつけ医機能が構築されるよう,改めて日医として支援していく方針を示した。また「医療資源は地域によって千差万別であるため,まずは各地域の現状を把握し,問題点を分析することが重要」とした上で,各都道府県における取組みの好事例を全国で共有することが大切であると強調。中心的な役割を担う地域医師会に期待するとともに,今後の制度設計にあたっては,かかりつけ医の認定制や登録制になることがないよう,日医として検討会等の場において主張していく姿勢を示した。
 かかりつけ医に関しては代表質問に加えて関連質問も相次いだ。

組織力強化/釜萢日医常任理事

◇「日医のみ」の所属は困難
 釜萢日医常任理事は,若手医師を対象とする日医のみに所属するカテゴリーの創設に消極的な考えを示した。その理由として「仮に日医の入会のみを可能とした場合,病院勤務医の会員が地域医師会を退会して,地域医師会の会務運営に影響を及ぼす可能性が想定し得る。会員にとって最も身近な存在である地域医師会に所属することなく,日医の入会を認めることには様々な考え方がある」とし,地域医師会への加入のハードルを下げ,利便性が高まるような方策を考えたいと述べた。
 その他,医師会の組織力強化への関心は高く,松本日医会長も答弁に立った。

学校健診/渡辺日医常任理事

◇学校健診は学校側の責任で調整し,関係者間で十分に相談を
 渡辺日医常任理事は,学校健診における肌着の着脱について「脊柱側弯および胸郭の疾病および異常の有無」「皮膚疾患の有無」「心臓の疾病および異常の有無」の3項目を取り上げ,着衣ではこれらの判定が難しいことに言及するとともに,虐待の予兆の見落としなどを避けるため,これまで脱衣で行われてきた経緯を説明。一方で,健診項目の一部には児童・生徒や保護者の学校健診に対する考え方や変化する社会情勢に必ずしも適しているとは言えないものもあることから,学校側が責任を持って調整し,教育側と医療者側が十分相談しながら対応していくことが重要との見解を示した。
 この他,「介護保険制度におけるかかりつけ医の役割と評価」「慢性的な医療介護人材不足への対応」「光熱費,人件費等の上昇に対するさらなある財政支援」など合わせて18の代表質問があり,活発な質疑応答が展開された。

2023年8月1日号TOP