坂の上の雲を目指して 医療事故調査制度の8年(京都医報 ‘19.11.15 号続報)

洛和会東寺南病院 名誉院長 齋藤 信雄

 第10 回医療安全学会が「医療安全システムのReimagine」をテーマに多岐にわたる議論が展開された。
 シンポジウム7「医療事故調査制度における誤った理解・運用と正しい理解・運用」を聴講した。
 司会 井上清成弁護士(検討会構成員) シンポジスト 橋本岳(検討会時の政務官) 小田原良治(医法協理事,検討会構成員)佐藤一樹(検討会参考人)坂根みち子(医法協GL 作成)である。
 すべての演者がH26 年省令作成のために設けられた「事故調査制度の施行に係る検討会」に深くかかわった人々である。検討会は「診療行為に関連した死亡の調査の手法に関する研究班」いわゆる西澤班の研究⑥と,なぜか日本医療法人協会(医法協)の提出したガイドライン②③をベースに論議が進められた。ステークホルダーを網羅した検討会であったが,改正医療法の目指す医療安全(事故予防)と,説明責任(信頼確保)の目的がいつの間にか説明責任が責任追及を誘発するとして,前者のみに的を絞る方向で議論が進んだ。上手くいかなかった医療の説明の中で遺族との信頼が崩れたら医療の外の話として,この制度とは無関係という主張がなされた。管理者の予期した医療関連死の範囲を大きく広げて(よく知られた誤薬・合併症等は予期されたとする)過誤の有無は条件ではないとし,届け出事例を絞り込む方向でまとめられた。期限の迫った法施行に多くの疑問を残したままで見切り発車したことは承知のとおりである。
 当時の議論経過は6回の議事録⑤に詳しいが,事故を隠さずに誠実に説明し,反省謝罪と再発防止を誓うことができる制度になってほしいと願っていた方向からどんどん外れてスタートした。事故調の現状を作り上げた側からみた8年の振り返りシンポジウムであった。
 小さく生んだが,大きく育てようと報告事例の増加を勧める調査・支援センターの広報活動,さらに意見書が裁判に持ち出される事態に対してセンターのK理事,M大のN教授の顔写真まで出して理解と運用の誤りを指摘する。センターは機能評価機構の収集事業と何も変らないとして高額補助金の無駄使いを非難するシンポジウムであった。

事故調発足8年が過ぎた。日本医療安全調査機構の報告④
 病院8,300,診療所103,000,約12 万の医療機関中23 年9月までの8年間で1,457 施設が届け出た。全医療機関の1.3%である。特定機能病院88 において1件の届出もない病院が3病院。一方16 件の届け出をした病院が3病院,平均5.0件/ 病院であった。特定機能病院のガバナンス強化が図られたにかかわらず,どちらが安全な病院だろう。この差は病院長の医療安全意識の差以外にないだろう。報告事例は8年で2,811 件であった。凡そ月30 件の報告で終始する。増加傾向も減少傾向も示さない。事故の報告判断の相談を支援団体に求めたものが28.2%である。解剖例も30%以下,Ai ですら40%弱で年次低下傾向にある。死因究明への取組みの甘さが伺える。都道府県単位で人口あたりの届け出順位①宮崎 ②三重 ③大分,京都・・・㊹鹿児島 ㊺埼玉 ㊻山梨 ㊼福井であり,その格差は5倍にもなる。目に見える成果として医療安全のための提言書が19 巻まで発行配布された。

 この8年で医療事故,医事紛争は減ったであろうか?機能評価機構の医療事故情報等収集事業(収集事業)の報告件数は級数的に増加する。報告義務病院からの死亡報告も年400 件を超えるようになっている。安全情報の発信は200 回を超えている。12 万の医療機関を対象にした事故調査制度に比して,報告義務病院275 の届け出る事故死亡例の方が多くなっている。

 事故調査制度は疑いもなく強制報告制度である。医療機関管理者には6つの義務①が明記されている。院内調査と支援団体に支援を求めること。調査前後の遺族への説明。調査前後のセンターへの報告。この6つである。調査報告と説明責任を果たすことが義務とされている。
 事故の報告制度は医療安全文化のイの一番である。それには自主報告制度と強制報告制度が必要である。自主報告制度はWHO ドラフトガイドラインに則る必要がある。院内規定で非懲罰,秘匿性,独立性を担保する。機能評価機構で行われている収集事業は報告義務病院が指定されてはいるが,ガイドラインに則ったものである。
 一方事故調査制度に罰則こそないが,定義された事例の全例報告を求める強制報告制度である。しかも非懲罰,秘匿性,独立性は担保されている。現状を見る限りは両者の活動は全く同じとしか言えない。そうする原因を作った当事者が本シンポで支援センターを非難するのである。
 医療安全文化の目指す方向は二つある。1は事故を起こさない。これは最小化と最少化することしかできない。ゼロには不可能である。したがって2は事故による信頼失墜を防ぐことである。象徴的に言うと,医療裁判をゼロにすることである。医療事故をすべて,医療の内で片づけることである。真実説明,反省謝罪,再発防止。納得が得られなければ補償(賠償)をすることである。此処までは当事者間の問題であり,医療の内の話。警察沙汰,裁判沙汰,マスコミ沙汰と言う医療の外に対する労力を最少化することである。誠意を尽くしても,医療の外になった場合は闘う姿勢が必要である。
 透明性と説明責任と標準化が医療安全文化の基本概念である。透明性は報告文化,隠さない文化。説明責任は真実説明,反省謝罪,再発防止に及ぶ必要がある。当事者間納得の制度として医療事故調査制度,ADR,メディエータ,無過失補償制度,医賠責が必要。標準化は個別のガイドライン等になるが,医療の不確実性と限界を理解した文化の形成ということになる。献身努力には感謝,正直誠意には共感,反省謝罪には宥恕の文化である。
 現状の事故調の低迷は明らかである。医療の信頼を確立するための事故調の発展に府医もぜひ声を上げていただきたいと思っている。

参考4
年次報告を集計した
年次報告を集計

参考

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