地区だより 地域を支える移動手段──柊野と市バス

一般社団法人京都北医師会 会長  小仲 良平

 私は京都市北区の上賀茂・柊野(ひらぎの)で診療をしています。このあたりには市バスの西賀茂営業所(西賀茂車庫)があり、バスの便が良いと感じています。診療所の前の道路を市バスが行き交い、交差点をゆっくり、そして見事にカーブしていく姿を眺めていると(乗っているときも)、どこか心が落ち着きます。実は私は市バスのファンでもあります(市バス以外の「路線バス」も含みますが、ここでは便宜上「市バス」と呼びます)。
 京都の市バスは近年、観光地での混雑やオーバーツーリズムの象徴として語られることもありますが、当院最寄りのバス停から乗る限り、それほど混雑は感じません。通勤・通学、通院や買い物──地域の方々が日常の足として利用されている様子に、公共交通本来の役割を実感します。私自身、現状では日常の通勤や買い物でバスを使う機会は少ないのですが、高齢の方や障がいのある方にとっては、それがごく当たり前の生活手段であることに気づかされます。
 診療に訪れる患者さんの中には、市バスの運転士さんもいらっしゃいます。どの系統が一番忙しいのか、どの交差点の右折が難しいのか、「利尿作用のある薬は勤務中に困る」といった話など、プロならではの話題は聞いていて飽きることがありません。市バスは、単なる交通手段というよりも、地域の暮らしに深く根ざした“動く風景”だと感じます。
 柊野は、上賀茂神社の北西、賀茂川の東岸に位置する地域です。河岸段丘の地形のため坂が多く、「上の段」、「下の段」、「中の坂」など、地形にちなんだ地名が今も残っています。古くから田畑が広がる土地ですが、この十年ほどで坂道沿いや竹藪に新しい住宅が次々と建ち、地域の景色も少しずつ変わってきました。
 私は地域の学校医も務めていますが、新入生の数が年々減少していることに気づきます。新しい家は建っているのに、子どもの声は増えていかない──少子化という言葉を、こうして実感として受け止めるようになりました。診療の現場と学校の現場、その両方から地域の変化を見つめています。
 市バスに話を戻します。高齢化の進むこの地域において、バスはまさに生活の要です。運転免許を返上した方や、坂道を歩くのが難しい方にとって、自宅からバス停まで多少距離があっても、バスは欠かせない移動手段です。ある高齢の患者さんは、医院までわずか一停留所だけバスに乗って来られます。初めは驚きましたが、「坂がきついので助かるんです」と笑顔で話される姿に、高齢期の移動支援の大切さを改めて感じました。バスを降りた後に転倒されたというお話をうかがうこともあり、安全で安心な公共交通機関としての市バスの価値を再認識しています。
 人口減少が進む中、路線の維持や運転士の確保といった課題は少なくありませんが、それでも市バスは意外なほど定刻どおりに走り、地域の暮らしを静かに、そして確かに支えています。時間に余裕のある日には、ふとバスに乗って少し遠回りしてみるのも良いものです。高い車窓から見える景色は、乗用車の窓から見るものとはまた違った表情を見せてくれます。
 新車のバスに出会うことは少ないものの、料金の支払い方法が変わったり、機械の音声案内がより自然な発音に進化していたりと、日常の中に変化も感じられます。気づけば私は鉄道ファンならぬ“バスオタ”かもしれません。例えば、同じ系統のバスが団子状態で走っていると、「空いている後ろのバスが先に行けばいいのに」、「接近表示をもっと細かくできたら」などと考えてしまいます。
 また、「敬老乗車証」が地域にもたらす経済効果や介護予防効果にも関心があります。移動の自由が、地域に活力と健康をもたらす──そうした視点も、日々の診療の中で実感しています。
 地域に根ざす医療を担う立場として、市バスが運んでくれる人の流れ、時間の流れ、そして日々の営みの断片に、私は今日も静かな愛情を抱いています。

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