地区だより 京都療病院初代招聘教授ヨンケルの全身麻酔吸入器に関わる足跡

− 2022 年 11 月 Dr. David J. Wilkinson の講演よりの記録−
京都府立医科大学附属病院長  佐和 貞治

図1.
Dr. Ferdinand
Edelbert Junker
von Laggeg
(1928-1901)

 2022 年 11 月、京都府立医科大学創設 150周年記念事業の一環として、麻酔の歴史研究における世界的権威であり、元世界麻酔学会(WFSA)会長のDr. David J. Wilkinsonが英国から招かれた。彼は、同大学の前身である京都療病院の初代招聘教授であり、世界初の実用的な携帯式全身麻酔吸入器を開発した Dr. Ferdinand Edelbert Junker von Laggeg(ヨンケル)(図1)に関する講演を行い、その業績と歴史的意義を詳述した。
 ヨンケルは 1828 年、ウィーンに生まれた。ウィーン大学で医学を学び、1854 年に医師資格を取得。その後、産科、外科、眼科の専門資格を次々に取得し、オーストリア軍の軍医として勤務を開始した。1859 年頃にはロンドンに渡り、英国王立外科医師会(MRCS)の資格を得て開業。Samaritan Free Hospital にて女性と子どもたちを対象にした外来診療に従事し、著名な外科医 Thomas Spencer Wells と密接に協力して、多くの手術で麻酔を担当した。
 1867 年、ヨンケルはシンプルで携帯可能な吸入麻酔器を開発し、『Medical Times and Gazette』で紹介された(図2)。この装置はガラス瓶に麻酔薬を入れ、送風用のゴム球とフェイスピースを接続する構造で、メチレンの二塩化物(クロロホルムとメチルアルコールの混合)を使用する仕様であった。
 1870 ~ 71 年の普仏戦争中、ヨンケルはドイツの Saarbrucken にあるイギリス病院で主任内科医および外科医として従事。その後ベルリンの Charité 病院にある von Langenbeck の外科部門を訪問した。1872 年には、大量出血が予想される手術に備えて、トレンデレンブルグ式気管「プラグ」の使用についての論文も発表している。1872 年8月から 1876 年3月まで、ヨンケルは日本に滞在し、京都での活動を中心に日本の医療発展に貢献した。帰国後、彼の吸入器は再び『BMJ』に取り上げられ、Spencer Wells が 16 年間 Samaritan Hospital で他の装置を使用しなかったほどの信頼性を誇ったことが記された。

図2.ヨンケルの吸入麻酔器
図3.ウィーンの新聞『Neue Freie Presse』でのヨンケルの死去についての記事(左)と,彼の一族の墓墓地があるウィーンのマッツラインスドルフ福音派墓地(Evangelische Friedhof Matzleinsdorf)(右)

 ヨンケルは麻酔薬の安全性にも強い関心を持ち、自らの装置と薬剤の組み合わせの安全性を主張していた。しかし、1883 年にはメチレンによる死亡例が報告され、これに対してヨンケルは薬剤成分の分析と自らの臨床データに基づき、安全性を再主張した。翌年には『BMJ』誌において、英仏で流通するメチレンの成分に違いがあることを示し、純度や安全性に関する議論が続いた。彼の吸入器は広く使用されたが、設計上の欠陥もあった。特に送風装置の誤接続により、液体麻酔薬が直接患者の顔に噴霧される事故が報告された。これに対し、Frederick Hewitt や Dudley Buxton、Sir Francis Shipway らが改良型を開発してきた。旧型のヨンケル装置は世界で広く使われ続け、1937 年にはバルブのない装置による死亡事故が報告され、旧式装置の使用に対する警鐘が鳴らされた。
 晩年、ヨンケルは語学力を活かし、Theodor Billroth や Fritz Salzer らの外科医学書をドイツ語と英語間で翻訳した。また、Spencer Wells の著書『Modern Abdominal Surgery』のドイツ語訳も手がけた。1901 年、ウィーンで逝去し、マッツラインスドルフ福音派墓地の一族の墓に埋葬された(図3)。
 京都府立医科大学麻酔科学教室では、ヨンケルの功績を讃え、教室創設 50 周年を記念して、彼の麻酔吸入器をモチーフにしたロゴマークを制定(図4)し、麻酔科学の発展に寄与した歴史的人物としての功績を、次世代に伝えている。

図4.京都府立医科大学麻酔科学教室のロゴ:ヨンケルと麻酔吸入器

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