勤務医通信

「“人”を診よ」

愛生会山科病院 副院長 血液内科
兼子 裕人

  血液内科の診療に携わらせていただくこと四半世紀以上,飛躍的な進歩を目の当たりにしてきました。しばしば致命的な出血を起こしていた急性前骨髄球性白血病が内服薬のみで完全寛解に至り,必ず急性転化で悲惨な最期を遂げる慢性骨髄性白血病が同じく内服薬で健常人と変わらぬ生活を送れるようになり,骨折で苦しむ多発性骨髄腫が多彩な新規薬剤により当然のように長期生存可能となったことは特筆すべき変化です。これらの疾患の診断や治療には分子遺伝学の進歩が不可欠であり,時にたった1項目の検査結果が確定診断,さらには治療方針決定をもたらすこととなり得ます。「最近の若い医師は検査結果ばかり重要視する」と言われ出して久しく,ここでいわれる「若い医師」もすでにベテランの域を越えるくらい時代を経ていますが,この傾向は仕方ないでしょう。確かに上記各疾患でいえば,病歴や理学所見の取り方が診断確定や治療方針に大きく影響することもありません。しかしながら,問診・視診・聴診・触診といったその患者さんを全体的に捉える技術がやはり非常に重要だと感じています。例えば臥床時間の短縮や食事量の増加があれば,どんな疾患であっても改善傾向にあると判断できそうです。数字や画像を見るまでもありません。この辺の感覚をどうにか客観的に提示できないものかと考え,以下のような検討を試みました。

  悪性リンパ腫の中で最も高頻度にみられる組織型はびまん性大細胞型B細胞性リンパ腫(DLBCL)です。治療方針を決定するためのツールとして国際予後指数(IPI)が汎用されており,年齢・病期・血清LDH・節外病変数とperformance status(PS)の5項目で分類する簡便かつ有用なものです。最後のPS は米国東海岸臨床研究グループが提唱した全身状態を表す指標です。0から4の5段階に分けられ,2以上,つまり疾患のせいで臥床を要する状態を予後不良因子と数えます。0は全く無症状,1は臥床するほどではないが軽度の症状あり,です。日頃からこの分類に慣れると,PS が2 以上かどうかのみに関心が向き,0か1 か,は考慮しなくなっていることに気づきました。実際にDLBCL 初診時にIPI を適応する際,PS が0であれ1であれ, 予後不良因子には入らず,ひいては治療方針に影響しないので区別することさえ不要ともいえます。しかし,ここで思い直しました。PS が0か1か,も重要なのではないか。そもそも腫瘍による症状が「無い」と「有る」とでは明らかな境界が引ける気がします。

  そこでDLBCL 約500 例のうち,PS が0か1であり,IPI で低リスク群に分類された約120 例を対象に,予後を検討しました。すべてR-CHOP またはR-THP-COP という標準化学療法を受けられた患者さんです。すると驚くほど明確にPS0 と1の群で全生存率・無進行生存率ともに有意差が検出されました(2019 年第81 回日本血液学会)。IPI で予後の良い「低リスク群」と一括りにされた人たちの間でも初診時にPS0 か1かという軽微な差が長期生存率に明確に影響することがわかりました。低リスク群に分類されたPS1 の患者さんに対する治療強度や治療サイクル数などがより適切に判断できる指標になり得ると考えています。ここで強調したいのはPS が0か1かは血液検査や画像検査ではなく,問診でなければ区別できないという点です。多岐にわたる検査項目や診断アルゴリズムが利用できる現代においてもなお問診や理学所見への意識が疎かになると治療方針策定は迷走することになりかねないと考えています。世代を超えて伝えるべき理念は見失わないように心がけたいものです。

  感染症対策部門として新型コロナウイルス対応に追われる中ですが医療の長い将来を見据え,あえて視点を変えた内容としました。そしてこの未曾有の感染パニックが少しでも早く終息することを願います。

Information

病院名 一般社団法人愛生会山科病院
住 所 京都市山科区竹鼻四丁野町19 番地の4
電話番号 075-594-2323
ホームページ https://aiseikaihp.or.jp/

2020年5月15日号TOP