2023年8月15日号
京都府医師会 監事
アクシス法律事務所 弁護士 服部 達夫
世の中には様々なハラスメントがありますが,患者やその家族から医療従事者に対してなされる理不尽な要求,その他の嫌がらせ行為は「ペイシェントハラスメント」(ペイハラ)と呼ばれています。また,そのような異常な言動を起こす患者は,怪物(Monster)になぞらえて,「モンスターペイシェント」(以下,「MP」という)と呼ばれています。
令和3年12月17日に,大阪市北区の心療内科クリニックにおいて,通院患者(61歳)が自らも焼身自殺を試みてクリニックにガソリンをまいて放火した事件では,犯人のほか,クリニックの院長など合計27名が死亡しました。
令和4年1月27日には,埼玉県ふじみ野市在住の男(66歳)が,在宅医療を受けていた男の母親がその前日に死去したことを逆恨みし,その在宅医療に関わっていた医療従事者7名を弔問に呼びつけ,人質に取った医師を散弾銃で射殺し,理学療法士を銃撃して重傷を負わせた事件が発生しました。
医療従事者の安全確保を貫徹するならば,空港,裁判所,テーマパーク等の入口で実施されている手荷物検査や金属探知ゲートの設置を病院やクリニックでも採り入れざるを得ませんが,現実味のある対策とはいえません(但し,将来的にはありうるかもしれません)。
現時点では,入口や待合室に防犯カメラを設置する等のほか,実際の診察時には,MP(予備軍も含みます)との距離感に十分に留意し,少しでも危険を察知した場合には,下記4~6の方法により即時に医療機関の手から離れるようにするのが現実的な対策と思われます。
平成の時代までは,応招義務(医師法19条1項)が厳格に解釈されていたことが足かせとなり,MPが受診名目で来院する限り,関係解消が困難とされてきました。
しかし,令和元年12月25日付厚労省通知では,患者への診療を拒みうる「正当な事由」の解釈が大幅に緩和されました。この通知では,個別具体的な総合考慮になりますが,患者に対する緊急対応が不要であったり,診療・診察時間外であったり,患者との信頼関係が喪失している場合には,診療を拒否することが正当化されると整理されています。
上記4で診療を拒否したにもかかわらず,MP が以下のような言動を取った場合には,警察に通報して,臨場した警察官を通じて注意,警告,現行犯逮捕してもらうことが考えられます。
(例)・わめき散らす:威力業務妨害罪(刑法234条)
・院内を出て行かない:不退去罪(刑法130条)
・暴行や脅迫を交えて土下座・謝罪文を要求:強要罪(刑法223条)
・体当たり・胸ぐらを掴む:暴行罪(刑法208条)
・「殺すぞ!」,「ネットに拡散するぞ!」:脅迫罪(刑法222条)
令和5年6月21日に,静岡市静岡医師会が,警察署との間で110番通報装置の設置や防犯講習の実施等について協定を締結しましたが,このような試みが全国的に広まることが期待されます。
警察に通報したものの,「民事不介入」などを理由に対応が不十分な場合には,弁護士に依頼をして, MP の攻撃の矛先を交渉窓口になった弁護士に向け変えることが考えられます。クレーム対応は弁護士の専門領域の一つですので,「餅は餅屋」に任せるのが良いでしょう。