2024年3月1日号
チェックポイント
日本バプテスト病院 総合内科 主任部長,血液内科 部長
藤田 陽太
府医の皆様,初めまして。令和5年から勤務医部会幹事会に参加しましたので,まずは自己紹介から始めたいと思います。私は平成6年(西暦1994年)に浜松医科大学を卒業し,同大学病院や近隣病院での内科研修を経て,2001年から京都大学生命科学科で柳田充弘先生の指導のもと,しばらく研究を続けておりました。その後,当病院の前理事長である故北堅吉先生とのご縁もあって,2010年7月から日本バプテスト病院で内科医として勤務しております。
私にとって,京都大学での基礎研究はあらゆる価値観を変えてくれたかけがえのない時間でありました。収入面での多少の苦労はありましたが,学問に没頭することは何事にも代えがたいものでありました。そして,2007年に同研究科から理学博士号を習得することができたのも多くの諸先輩方や先生方のご厚情の賜物であったと感謝しております。
生命科学研究科では,分裂酵母やHeLa 細胞といったヒト培養細胞を用いて,細胞周期について研究しておりました。遺伝子情報を子孫に正確に伝達して継承するためには,S期に DNA を正確に複製し,M期に姉妹染色体を2つの娘細胞に均等に分配することが必要です。そして,染色体が均等に分配されなければ,異数体が生成され,遺伝情報の大規模な欠損,欠失や重複が起こり,先天性の染色体異常症や発がんの原因となることが知られています。細胞周期が1回転する(細胞分裂を起こし2倍に増殖する)ために要する時間は,分裂酵母では2~3時間,HeLa 細胞では24時間前後であり,その細胞たちが私の生活リズムをしばらく規定しておりました。特に分裂酵母を用いて染色体のセントロメア領域を構成する新規タンパク質の発見を契機に,ヒト細胞での類似タンパク質を調べることで,ヒトの新規セントロメアタンパク質も発見することもできました。そのころは,ヒトが分裂酵母のモデル生物として捉えていた時代でもありました。
さて,チェックポイントという言葉は,1989年に Weinert と Hartwell により初めて使われた細胞周期における生物学的な概念です。X線による DNA 損傷が与えられた細胞は,S期からG2期にかけて細胞周期を停止して DNA 損傷を修復し,その後に増殖を再開することで遺伝情報を正確に子孫に伝えることができます。その論文で Hartwell らは,DNA 損傷を与えた rad9 変異体では細胞周期を停止せずそのまま細胞分裂を続けてしまい,細胞死に至ることを発見しました。この結果から,細胞には DNA損傷を感知し,それが修復されるまで細胞増殖を停止させるシステムが存在していることを見出し,彼らはそれをチェックポイントと名付けました。また,M期においては,紡錘糸(スピンドル)が複製したすべての姉妹染色体に接続完了する前にM期が進行してしまうことがないように制御しなくてはなりません。そのための調節機構はスピンドルチェックポイントと呼ばれています。このように,チェックポイントとは細胞周期において種々のイベントが未完成な状態で先に進まないようにする制御機構を示しています。
ここで話は変わりますが,免疫チェックポイントの発見とその機能解析に関する基礎的研究は,免疫学的な自己寛容を導く免疫応答の抑制とともに,過剰な免疫反応を抑制する分子群を見出すことに成功しました。その研究成果によって,がん細胞が免疫学的な攻撃から免れるメカニズムを明らかにしたことは最近のがん治療の進歩に大きく貢献していることは明らかです。しかしながら,このチェックポイントという言葉が示している内容は,細胞周期から派生した言葉と趣が異なっていると感じています。
Information
病院名 日本バプテスト病院
住 所 京都市左京区北白川山ノ元町 47 番地
電話番号 075-781-5191(代表)
ホームページ https://www.jbh.or.jp/