勤務医通信

DNAR(蘇生不要)」について考える

京都医療センター 副院長・医療安全管理部長
白神 幸太郎

 近年,治療方針決定に関して患者と医療者がともに参加する共同意思決定(Shared Decision Making:SDM)が注目されています。SDM では医療者と患者が価値観を共有した上で協働して治療方針を決定します。代表的なプロセスとして,DNAR(蘇生不要)指示の決定が挙げられます。これは万一患者が心肺停止に陥った際,心肺蘇生法を行うかどうかについての事前指示です。患者の意思を治療方針に活かすという意味では最もなじみ深いものでしょう。今回当院での取組みについて紹介させていただきます。
 DNAR(Do not attempt resuscitation)は,その患者において蘇生は困難であるという事前評価を含んだ概念であり,DNR(Do not resuscitate)とは異なるとされています。蘇生不要指示に関しては,心肺蘇生法以外の治療は継続されるべきで,いわゆる「DNAR」のもとに安易な終末期医療に陥り,救命の努力が放棄されているのではないかとの懸念が関係学会からも提起されていました。
 2015年より医療事故調査制度が開始され,全死亡症例の経過を確認することが義務づけられました。当時当院で死亡症例の約80%において「DNAR」あるいは「DNR」という指示が出されており,これを根拠に侵襲的治療や心肺停止後の蘇生処置が差し控えられていました。しかしながら当時病院として蘇生不要指示に関する統一したガイドラインは定められておらず,患者の意思が反映されていたか疑問の残る事例も見受けられました。そこで「心肺蘇生を行わないことに関するガイドライン」を策定し2020年1月より運用を開始しました。
 主治医はまず患者の病状と意思決定能力を評価し,判断に迷う際には,診療科内で協議するとともに必要に応じて臨床倫理コンサルテーションチームに相談することとしました。患者に意思決定能力がないと判断される場合には,家族等から患者自身の意思を推定してもらいます。患者や家族へ病状や予後,治療選択の説明を行い「患者意思確認書」に複数医師で署名,看護師も同席して署名することとしました。電子カルテ上に説明内容,DNAR指示内容を記載,これを担当看護師長が確認し,電子カルテ上に専用アイコンを表示して心肺停止時にもすぐにわかるようにしました。
 2020年1月から現在までに院内死亡症例のうち,約80%にDNAR指示が出されています。直近3年間で患者本人の意思決定が記録上確認できた事例は64%でした。当院には緩和ケア病棟もあり,一方では救命救急センターもあるため,患者の死亡原因は悪性腫瘍,急性疾患や外傷など多岐にわたります。死亡原因が悪性腫瘍の場合,非悪性腫瘍の患者に比較してDNARの割合が高く,非悪性腫瘍患者では,家族のみへの説明が多く,死亡直前の説明が多いという傾向が統計学的な有意差をもって認められました。悪性腫瘍の診療においては告知や緩和医療が従来から行われており,DNARの導入も円滑であった印象があります。一方で重篤な急性疾患や急変事例では,患者や家族にとって病態の理解や危機的な状況の受容は困難である場合もあるでしょう。また医療者にとってどこまで治療を行うべきか悩む症例も一定数存在します。このような状況でのDNARの適応には注意が必要であると思われます。
 DNARは臨床において最も多く遭遇する倫理的課題と言えます。当院では臨床倫理コンサルテーションチームが活動しており,DNARに関する相談は最も多い相談であり,判断に迷う主治医を支援しています。臨床倫理コンサルテーションチームは多職種からなり,多様な視点から問題の解決を図ります。
 以上,死亡症例におけるDNARについて後方視的に検討してみました。限定的ではありますが,説明と同意に関する記録や手続き,透明性の点では導入前に比較すると明らかに向上したと感じており,患者の意思を診療に反映するSDMの方向性には合致するものと思います。しかしながら,どのようなシステムもいずれ形骸化するリスクをもっており,検証や教育を怠れば以前のように「DNAR」ということばだけが独り歩きするリスクもあると感じています。

Information
病院名 京都医療センター
住   所 京都市伏見区深草向畑町1-1
電話番号 075-641-9161(代表)
ホームページ https://kyoto.hosp.go.jp/

2024年4月15日号TOP