2024年5月15日号
京都山城総合医療センター 副院長
石原 潔
私は,大学卒業以来,病院勤務の放射線科医として40年近く働いています。現在の仕事は読影が中心なので,直接患者を診察する機会は多くありませんが,ヨード造影剤の副作用が生じた時には,患者対応を迫られます。新型コロナワクチンの副作用としても話題になった重篤なアナフィラキシーもたくさん経験しました。目の前で,まさにアナフィラキシーが進行していく様子を観察する機会が最も多い医師はおそらく放射線科医で,アナフィラキシーやアレルギーについて考えさせられることも多いです。この場をお借りして,両者の関係,両者の理解における混乱の要因について書いてみたいと思います。
アナフィラキシーを簡単に理解するための説明は「ヒスタミン,セロトニン,プロスタグランジンといった種々のケミカルメディエイターに対する生体の反応」というのがいいのではないかと思っています。実験的にアナフィラキシーを起こそうと思えば,これらを生体に投与すれば可能です。たとえば,目の前にヒスタミンの粉末があって,これを大量に摂取すれば血圧低下やショックが,誰にでも必ず生じます。また,少量摂取すれば吐き気,くしゃみ,咳,発疹,不安感が生じるでしょう。このような生体の反応をアナフィラキシーと定義するのが最もわかりやすいと思います。
しかし,実際はそうはなっていません。元々,アナフィラキシーという用語はⅠ型アレルギーのうち重篤なものとして使用される事が多かったようです。そして,ケミカルメディエイターによって生じる反応のうち,Ⅰ型アレルギー(抗原抗体反応)によらないものは,アナフィラキシー様反応と呼ばれていました。ところが,臨床の現場では両者を区別するのが難しい場合もあり,アナフィラキシー様反応についても,現在では,アナフィラキシーと呼ぼうということになっています(厚生労働省:医薬品・医療機器等安全性情報 No299 21 頁 副作用名「アナフィラキシー」について)。
ややこしい話ですが,アナフィラキシーには,Ⅰ型アレルギーと抗原抗体反応が関与しない非アレルギー性アナフィラキシーの2種類が存在することになります。非アレルギー性のアナフィラキシーには様々なものがありますが,マンニトールなどの高浸透圧薬剤による肥満細胞への刺激や破壊,古い鯖などによるヒスタミン中毒,脱水症などにともなう運動後アナフィラキシーといった病態がこれに相当すると思われます。ヨード造影剤による副作用も,高浸透圧による非アレルギー性のアナフィラキシーと考えられており,われわれが普段使用する「造影剤アレルギー」という用語は適切でないことになります。
もうひとつ話をややこしくしているのは,日本アレルギー学会などによるアナフィラキシーの定義が,血圧低下などの重篤な反応に限定されているということです。ケミカルメディエイターによる生体の反応のうち,嘔気などの軽度のものは,アナフィラキシーではなく,前駆症状とされてしまっています。軽い反応をアナフィラキシーの定義から除外したことで,ヨード造影剤の副作用で最も多い嘔気が,血圧低下などと全く同じ機序(ケミカルメディエイターによる生体の反応)で生じていることを知らない医師が数多く存在することになってしまいました。
ただし,アナフィラキシーを広義に捉えて,嘔気や咳嗽をアナフィラキシーに含めるという考え方も存在しています。日本小児アレルギー学会誌に掲載されているアナフィラキシーの重症度分類という表においては,軽症のアナフィラキシーとして,嘔気,間欠的な咳嗽,くしゃみが記載されており,アナフィラキシーの病態を理解するのに最適な資料となっています。
最後に。アナフィラキシーとアレルギーという用語,病態を理解する時に,われわれが混乱してしまうのは,両者の頭文字が「ア」,末尾の文字が「ー」と,たまたま共通しており,両者を似たような概念として捉えてしまうからだと思います。
Information
病院名 京都山城総合医療センター
住 所 京都府木津川市木津駅前一丁目 27 番地
電話番号 0774-72-0235(病院代表)
ホームページ http://www.yamashiro-hp.jp/index.html