勤務医通信

本当の「低侵襲手術」を教えてくれた友

京都大学医学部附属病院 消化管外科
小濵 和貴

 先日の夏休み,バイクツーリングで伊吹山へ向かった。伊吹山ドライブウェイの17kmの道のりは,ワインディングロードをゆっくり走れて絶景を楽しむことができる。約10℃も気温が低い山頂は爽やかで,下界の酷暑をしばし忘れさせるものだった。伊吹山のふもとには関ヶ原の古戦場があり,私の古い友人Mが気に入ってよくSNSに投稿していたので,ふと思いついて帰りに立ち寄ることにした。徳川家康の最終陣地や石田三成の陣地,首塚,東軍西軍の決戦地などを巡り,400年以上前の「天下分け目の戦い」に思いを馳せていると,Mが残した言葉を思い出した。
 わたしは2010年に韓国ヨンセイ大学へ留学し,ロボット支援手術を学んだ。それ以前から,腹腔鏡手術をいかに安全に行い,患者アウトカムを改善するかを,大学の先輩や同僚と議論し,手技の改良と技術の向上に腐心していた。腹腔鏡手術やロボット支援手術は,開腹手術と異なり手術の「キズ」が小さく,低侵襲手術と呼ばれる。当時,低侵襲手術は徐々に普及していたとはいえ,開腹手術を主に行っていた外科医からは外科医の自己満足との批判を浴びることもあった。今でこそ低侵襲手術の有用性に関するエビデンスが多く発表され,日常診療として当然のように施行されている。しかし,特にロボット支援手術についていえば,学会会場で「エビデンスの無い手術ロボットは高いだけの外科医の玩具ではないか」と批判されたことをよく覚えている。
 当初,低侵襲とはキズの小ささに基づくものと思われていたが,わたしたちのグループはそれだけではないと考えていた。キズが小さいことは副次的なもので,低侵襲手術による拡大視効果やそれによる精緻な手技が,結果的に合併症の軽減や生存率の向上につながると考えて,低侵襲手術に取組んできた。
 Mはわたしの大学同期の優秀な産婦人科医であり,腹部の疾患で数年間闘病していた。大開腹の手術を複数回受けていたのだが,あるとき腸閉塞を来したために消化器外科の私が担当することとなった。小康状態となった時に,ベッドサイドでMととりとめのない話をしていた。その際,ふとMがわたしに言ってくれた言葉が今でも忘れられない。
 「俺も産婦人科医だから,大きく開腹しないといけない手術があることはもちろん理解しているし,俺に手術をしてくれた先生たちにとても感謝している。感謝しているけど,術後大きな創による痛みや苦しみというのは人生の中でも本当につらい数日間だった。忘れられないくらいのつらさだ。外科医はそういうことも知っておかなければならんと強く思った」
 キズを小さくする,そのことが患者にとってどれほど価値となるのか,Mに言われて初めて気が付いた。そもそも自分が手術を受けるとなったらどう考えるか。ちゃんと病気は治してほしいし,キズは小さくしてほしいし,術後の痛みやしんどさは無い方がいい。合併症軽減や生存率改善はとても重要だけど,キズの小ささや無痛であることもやはり重要だ。どれも全部,一人ひとりの患者に実現できるようにしなければ。
 2024年5月,JAMA Network Open誌に掲載された論文で,外科医の「共感性」は慢性腰痛患者の痛みの軽減に関連する,という報告があった。手術手技や周術期管理の進歩のみならず,医師の診療姿勢も患者の苦痛の軽減に関与するというわけである。患者の予後やQOL改善のために外科医のできることはまだまだたくさんあるのだろう。
 関ヶ原古戦場は,新幹線の車窓から岐阜羽島~米原間で北側に見ることができる。新幹線で静岡の自宅と京大病院をよく往復していたMは,SNSに車窓の関ヶ原の写真を載せ,「ワシも天下分け目の戦いや」とよくポストしていた。結局Mの戦いの力になれなかったことは無念でしかない。それでも,Mに教わった「患者としての言葉」は,低侵襲手術を生業とするわたしにとっての大事な宝物となっている。

Information
病院名 京都大学医学部附属病院
住   所 京都市左京区聖護院川原町 54
電話番号 075-751-3111(代)
ホームページ https://www.kuhp.kyoto-u.ac.jp/

2024年9月15日号TOP