投稿エッセイ 北山杉 緊急非常事態下でのクラシック鑑賞 ~今までにない経験~

あべじゅん婦人科 阿部 純

 2度目の緊急非常事態宣言が発出されて2週間経過するが,COVID-19の勢いは未だ衰える傾向なく関西でも高止まりの感染者が報告されている。特に大阪での新型コロナによる死者は東京を上まわるという。そんな中,大阪シンフォニーホールで執り行われる演奏会に行くなどもってのほかというご意見ももっともなことであった。ただ,チケットはすでに2か月前に確保してあり高額でもあったので当日まで行くか行かないか?悩みに悩んだ。開催ホールに2回も電話して1回目はまだ発令していなかったこともあり対応は比較的のんびりしたものだったが,発令後の2回目はさすがにステージから5列目はオーディアンスを入れないなど,かなり厳重にすると前回にはない緊張感がしのばれた。
 当日は雨模様で,しかも昼からまた雨足が強くなり,コロナウイルスのエアロゾルも地表にたたきつけられると思い蛮勇を奮って2重マスクで出発することにした。むしろ会場内より行きかえりの電車や大阪での通行の方に気を配らなくてはと思った。会場内への入場にはいつもよりさすがに慎重に手順を踏まされた。係の女性からアルコール消毒液の洗礼を受けた後,チケットの半券に署名だけでなく現住所や電話番号の記載も書かされた。その半券を提示しボックスに放り込み一階ホールへ入りクローク取り止めも知った。私の席は2階でステージに向かって左側ボックスLD13に足を運んだ。まだ開演の15時まで1時間弱ありさすがに一階の席はまだまだ少数の占有であった。新型コロナ感染対策が館内放送で繰り返し流されものものしい雰囲気ではあったが,気づいてみたら1階もほぼ9割がた聴衆で埋まっていた。大阪フェスティバル50周年の垂れ幕があったが本来は昨年の開催であったがコロナの影響で本日の延期になったことを知った。
 出し物はオールワーグナーで前半,後半に別れ,前半は歌劇タンホイザー序曲およびアリアと夕星の歌と楽劇トリスタンとイゾルデ(前奏曲と愛の死)でいずれもバリトンとメゾソプラノの登壇,後半は指環の中からワルキューレの騎行と神々の黄昏の中からジークフリートの葬送行進曲とブリュンヒルデの自己犠牲をまたしてもバリトンとメゾの激唱であった。指揮は枯れた中にも時に激情がほとばしっていた飯盛泰次郎だった。不織マスクの上に布マスクを重ねさらにフェイスシールドも付けて見下ろしていたが,コロナ禍にあってはバックステージで聴くのが飛沫の方向からいっても正解かとも思った。意外だったのは,各演奏家の前にアクリル板の設置がなくsocial distanceも取られてなかったことだがこれについてはいままでの経験からのデータで飛沫は飛ばないということが実証されたからかなと思った。でも弦楽器はさすがにマスク着用,後ろに位置する管楽器グループはそれに対して当然のことながらマスクなしで思い切って吹いていた。特にトランペット奏者の奮闘を物語るように顔面がどんどん赤くなっていった。ワーグナーの音楽は管楽器がリードして弦が支えている印象であったがどうであろうか?それぞれの演奏が終わった後カーテンコールが3度ほど繰り返されたがメゾの池田香織のリードが優れコンサマのバイオリニストもバリトンのドイツ人も引き立て役に徹していた。
 すべての演目が終わりカーテンコールが繰り返し続いたが,ワグネリアン(ワーグナー崇拝者)が多かったせいかいつもより熱を帯びた拍手だったようだ。やはり密を避けて私は早めに会場を後にした。ホワイエで飲食をすることもなく夕食も取らず真っすぐ家路を急いだが京阪で人身事故があり全線がストップしていることを知り愕然とした。修復の見込みなさそうなので急遽,JRに切り替えことなきを得た。感染は気になったが演奏会後約2週間経過しても倦怠感は訪れず検査する気にもならず胸をなでおろした。ただ今後もあまり頻回にこういったイベントへの参加は抑制したほうが良さそうであった。

2021年4月15日号TOP