理事解説 百考千思

京都府医師会医療安全担当理事 松村 由美

医療事故調査とJust culture

 医療事故調査制度に関しまして,府医会員の先生方,特に,専門医会の先生方には,常日頃,外部委員を派遣いただくなど,制度の円滑な運営にご尽力いただき,大変お世話になっておりますことに感謝申し上げます。
 最近の話題を交えながら,この制度を振り返ってみたいと思います。

1.Just cultureと医療事故調査

 医療事故は,ご存じのように過失の有無に限らず,医療に関連して患者に発生した予期しない有害事象のことをいいます(医療法に基づく調査制度では,死亡事例のみ)。過失という言葉からは,医療者個人のエラーを想定しがちですが,現在の複雑な医療では,様々な要因が互いに関係しており,表面的には,個人のエラーであるかのように見えても,実際には別のところで発生したあるできごとが,エラーを引き起こし,有害事象につながっていることがあります。システムエラーであるという考えが主流です。
 安全を重視する文化(safety culture)という言葉を聞かれたことがあるでしょうか。これは,医療に限らず,航空業界,原子力業界などリスクと向き合う産業界では,重要であるとされている文化です。その中にはさらに4つの文化があり,そのひとつがJust culture(公正な文化,または,正義の文化)です。正義の文化と聞くと,悪いことをした人物は罰を受ける,という文化だと誤解する方がいるかもしれません。Just cultureとは,「組織の中心的価値は安全である」という文化です。この文化の下では,医療者は,自身のエラーも含めて,安心して医療上のエラーを話すことができます。能力のある専門家でも間違えることがある,という考えが共有されており,失敗は恥ずかしいものではなく,失敗から学ばないことが恥ずかしいのだ,と考えられています。
 医療事故調査は,Just cultureの考えのもとで実施されます。個人の責任追及ではなく,システムの問題点を分析し,システムを改善するのがJust cultureです。
 府医は,医療事故調査に積極的に取組んでいます。医療事故・調査支援センターの2021年 年報では,人口あたりの医療事故報告件数は,京都府は三重県と並んで全国一位です。
 https://www.medsafe.or.jp/uploads/uploads/files/nenpou_r3_all.pdf
 報告文化(reporting culture)と学習文化(learning culture)も安全文化に含まれています。公正な文化を合わせた3つの文化が,医療事故調査制度であると思います。

2.無過失補償制度

 2022年5月,日本弁護士連合会が医療事故調査制度の改善を求める意見書を国に提出したことはご存じでしょうか。

 https://www.nichibenren.or.jp/library/pdf/document/opinion/2022/220510_2.pdf
 医療事故調査制度の対象となった事故について,無過失補償制度を創設すべきだ,という提言がなされています。この考え方もJust cultureの考えにつながります。安全を重んじて,報告して,学習した場合には,患者さんの被害は,損害賠償ではなく,無過失補償制度で救済されるのがよい,という考え方です。
 無過失補償制度によるモラルの低下を懸念する声もありますが,よりよい医療を実現して,全体の利益を最大化するためには,事例から学び,改善する仕組みが必要です。


 医療事故調査制度は制度施行から7年目を迎えました。令和4年3月末時点で京都府全体では86件の報告事例があり,京都府医療事故調査支援団体連絡協議会で支援させていただいた件数は77件となっています。以下に京都府での状況をご報告いたします。

2022年6月15日号TOP