2026年8月15日号
府医では,府民・市民向け広報誌「BeWell」,VOL.111「脂肪肝」を発刊しました(本号に同封)。
各医療機関におかれましては,本紙を診療の一助に,また待合室の読み物としてご活用ください。
本誌に関するお問い合わせは,府医総務課(電話:075-354-6102,FAX:075-354-6074)までご連絡ください。
京都済生会病院 院長 伊藤 義人
脂肪肝,すなわち,「fatty liver」という疾患は19世紀になって,初めて,英国や米国で報告されるようになりました。病理学的に「肝臓に病的な脂肪蓄積をともなう脂肪変性を認める」が疾患の本態であり,過度の飲酒や糖尿病罹患などが脂肪肝と深く関連することが知られるようになりました。また,習慣的な過度の飲酒が腹水や黄疸をともなう肝硬変症の主な原因として認識されるようになりました。一方,米国のMayo Clinicの病理学者のLudwigは20例の非飲酒者の肝臓に共通してアルコール性肝炎類似の組織所見がみられたことを報告し,新しい疾患概念である非アルコール性脂肪肝炎(nonalcoholic steatohepatitis:NASH)を1980年に提唱しました。
NASH はメタボリック症候群の肝臓における表現型であると一般的に認識されていましたが,その定義が除外診断であるため,代謝機能異常との関連が不明確であったこと,および,「alcohol」や「fatty」といった用語がstigmaに相当するので極力避けるべきであるとする時代的背景もあり,2023年に欧州肝臓学会(EASL),米国肝臓病学会(AASLD),ラテンアメリカ肝疾患研究協会(ALEH)が新しい疾患概念として代謝機能障害関連脂肪性肝疾患(metabolic dysfunction-associated steatotic liver disease:MASLD)を提唱しました。まず,組織学的に5%以上の肝細胞に脂肪変性がみられる症例や画像診断で肝臓への脂肪沈着が認められる疾患全体を脂肪性肝疾患(steatotic liver disease:SLD)として広く捉えました。SLDの中で,飲酒量が女性140g/週未満・男性210g/週未満の症例で5つの心代謝系危険因子(cardiometabolic risk factor:CMRF),すなわち,肥満,高血圧症,耐糖能異常,高中性脂肪血症,低HDLコレステロール血症のうち1つ以上を有するものがMASLDに該当します。飲酒量が女性140g/週以上・男性210g/週以上と多かったり,薬物性肝障害と考えられるものは他のgroupに分類されます。
新しい疾患概念では,飲酒量が女性>350g/週・男性>420g/週の場合にはアルコール関連肝疾患(alcohol-associated liver disease:ALD)と定義され,MASLDとALDの中間でCMRFを1つ以上有し,かつ,飲酒量が女性140~350g/週・男性210~420g/週の場合には代謝機能障害アルコール関連肝疾患(MASLD and increased alcohol intake:MetALD)と定義されています。少数例ですが,薬物性肝障害,単一遺伝子病,栄養失調,内分泌疾患,妊娠に関連した場合などには特定成因脂肪性肝疾患(specific aetiology SLD),CMRFを1つも有さず原因不明なものを成因不明脂肪性肝疾患(cryptogenic SLD)とSLDを合計5つのgroupに分類しています。成人のMASLDの有病率は世界的に約30%と報告されており,日本を含む東アジアでもほぼ成人の3人に1人がMASLDであると考えられています。MASLDにおいては,CMRF以外にも脂肪組織,骨格筋,腸内細菌,遺伝子多型など様々な因子がその病態を修飾することが知られています。
MASLD に対する治療は食事療法と運動療法が基盤となります。食事療法としては地中海食が肝脂肪量の減少に繋がり有用であると報告されており,炭水化物・蛋白質・脂質の摂取バランスの良い栄養指導を受けることが重要です。さらに,有酸素運動やレジスタンス運動などの運動療法も重要と考えられます。いずれにしても,5%以上の体重減少を目標とした減量や,非肥満者でも3~5%程度の体重減少が有用であると考えられます。ALDやMetALDでは原因となるアルコールの摂取を減らすこと,また,可能であれば禁酒することが有用な治療になることは言うまでもありません。脂質異常症や糖尿病,高血圧症を合併している人には合併疾患に対する薬物療法を中心とした治療を進めることが望まれます。本原稿の初稿を著した令和8年4月現在にはMASLDに対する健康保険適応となっている薬剤はありませんでした。令和8年6月になって,MASLDの症例のうち慢性炎症や線維化進展をともない肝硬変,肝不全,食道静脈瘤への進行や肝臓がん発症のリスクの高い代謝機能障害関連脂肪肝炎(metabolic dysfunction-associated steatohepatitis:MASH)に対して,肥満症治療薬であるGLP-1受容体作動薬のsemaglutideが,新規の薬物療法として「肝硬変をともなわないMASHで中等度または高度の線維化を有する場合」に限って効能追加となりました。
MASLD の薬物療法の多くは合併する脂質異常症・糖尿病から治療が進められますが,多くの新規薬剤の臨床試験が現在進行中であり,今後の発展を期待したいと思います。MASLDの症例では冠動脈疾患,心房細動,脳卒中などの心血管イベントや大腸がん,胃がん,乳がんなど他臓器のがん,さらに,慢性腎疾患が合併することが多くなることが報告されていますのでその点も留意して診療を行うことも重要です。